日本臨床検査自動化学会/JACLaS共催市民公開シンポジウム2016

IoT時代の医療現場の対応戦略:自動診断支援と疾病管理

中島 直樹先生
中島 直樹先生

(現、九州大学病院メディカルインフォメーションセンター教授、センター長)
1987年に九州大学医学部を卒業。同大学の第3内科に入局。その後、福岡逓信病院、1996年には米国カリフォルニア大学サンディゴ校のポスドクを務める。以降、国立中津病院内科医長、九州大学に戻り第3内科助手、医療情報部の講師を経て、現職に至る。
所属学会は、日本医療情報学会評議員、日本糖尿学会評議員、日本クリニカルパス学会の評議員。九州大学では副CIO(chief information officer)、九州大学病院長補佐を務めている。専門医としては、糖尿病学会の専門医、内科学会の専門医。

山舘 それでは最後のご講演になります。
IoT時代の医療現場の対応戦略:自動診断支援と疾病管理」と題して、九州大学の中島直樹先生にお話をいただきます。

中島 康先生も言われていたように、個人の長い時系列の情報を大量にためるためには、おそらくこれからIoTとPHR(personal health record)という言葉がキーワードになります。そのことを中心に医療情報の立場から少しお話をさせていただきます。

<PHRのデータ化>

PHRの歴史には、実は長い紙の歴史があります。母子健康手帳は戦中から制度化されており、74歳以下の方はほぼ持っていたことになります。お薬手帳は2000年に調剤薬局での診療報酬化がなされ、実際には毎年2000万シールが発行されています。糖尿病連携手帳、高血圧管理手帳は1年間に数百万冊発行されています。紙なのですが、既にそれぐらいの規模でPHRは世に出回っているのです。

一方、スマホの台頭には目を見張ります。平成22年にスマホが登場してまだ6年ぐらいしかたっていませんが、多くの人が当たり前のように手にしています。そうなると当然、スマホがPHRになるのではないかという発想が出てきました。

(図1 Personal Health Record (PHR、個人管理型健康記録)とは?)

PHRの電子化のメリットは何かというと、母子健康手帳のデータから始まり、生涯の個人の電子記録になる可能性があることです。例えば、母子健康手帳は、なくされている方も多いですが、電子データをどこかにバックアップしておけば、いつでも回復可能です。また、スマホは常時携帯しますので、いつでもどこでも使える。家庭や職場でのいろいろなバイタルデータが、あるいはそれ以外の個人の日常のデータを取り込むことさえ可能です。さらにグラフ化や解析も容易になる。個人の健康の数値を標準的診療ガイドラインの数値と比べることによって、アラートやリマインドが可能になる。そういうことを行う疾病管理事業も試みられており、例えば薬のアドヒアランスを検証することもできます。そして、なんらかの本人同意の下に、匿名化して二次利用によるビッグデータ解析ができる、そういう仕組みの開発も進んでいます。

一方で課題もあります。高齢者は一般にスマホやパソコンが苦手なことが多く、あるいは、苦手でなくても紙が好き、という人もいます。また、やはり個人情報の漏洩などの、倫理面での問題、それから、このシステムの費用を一体誰が払うのか、患者さんが払うのかというビジネスモデルの問題は意外と大きな問題です。さらには、標準規格です。これをきちんと実装しないと、PHRサービス提供事業者が増えたときに、利用者は過去のデータを事業者間で移すことができないのです。PHRは生涯の手帳、と言いましたけれども、事業者間で規格が違うと、生涯のデータが続かなくなってしまいます。

(図2)
※クリックで拡大表示します

図は内閣官房が主導している次世代医療ICT基盤のイメージです。医療機関が診療データの発生するところです。医療機関は、この代理機関を介して地域連携などのデータ連携をする訳です。そして本人同意のもと匿名化して二次利用を推進する、という図ですが、ここにPHRと書いています。個人まで矢印が伸びているのはPHRだけです。それから、診療所が委託する検査センターから血液などの検査データが入力される、というPHRの機能はこの絵の中でも重要な位置を占めています(図2)。

去年のクラウドに関する総務省の懇談会の報告書でも、その筆頭に医療分野でのクラウドの活用としてPHRが挙がっています。このように日本政府も総力を挙げてデータをためる、活用するように動いています。

<PHRによる個人情報利用同意の効率化>

話は変わりますが、サイバー空間というのはバーチャルの空間です。ここにたくさんの個人情報が入ってきます。金融や行政などいろいろな分野がありますが、大きい分野にインターネットがあります。このように、既にさまざまな個人情報が分かれてサイバー空間にある訳です。しかし、それぞれの壁というのは結構高くて、簡単に横串を刺して使うということはできない。しかも我々にとって重要な分野である、健康、医療、介護、ここあたりの情報というのも、それぞれに壁があります。これをいっぺんに横串を刺してビッグデータにして解析するというのはかなり難しい。今後は個人のデータ、例えば家庭の生体データ、車のデータ、いろいろなものがIoT(Internet of things)で飛んでくることとなりますが、医療健康に関するIoTも、やはり一つの固まりで、他の分野のデータと横串を刺すのは難しい。

では、どうすれば効率的に本人の同意を取って、利用しやすい形にするかというと、ここにPHRが入る訳です。個人が管理するPHRに情報、データを集積すると、あとはその個人がPHRをどう使うか、同意をするかは自由です。それによってデータ蓄積も進みますし活用も進むでしょう。今年、AMED(日本医療研究開発機構)で、4種類のPHRモデルが公募されて、既に事業者が決まって3年間の予定で動き始めています。この生活習慣病のPHRモデル、これは医療情報システム開発センターが実施していて、私も参加しており、6つの臨床学会、その中には日本臨床検査医学会も入っています。このPHRの事業モデルを患者さん中心に考えてみます。スマホ、つまりPHRは患者さんのもとにあります。診療所のデータは検査センターを介して、そして病院のデータはSS-MIX2という標準的なデータの箱を介して患者さんのPHRに渡されます。次に、調剤情報です。病院の処方データはSS-MIX2にあるのですが、処方データにある薬剤でも患者さんは処方箋を持って行った調剤薬局で、「わしはこの薬、要らん」といって2つのうち1つだけ調剤してもらったりしているんですね。このように、最終的に本当に患者さんが内服している薬というのは、処方情報よりも調剤薬局の調剤データのほうがより正確なのです。それがお薬手帳なのです。もう1つこの事業で重要なのは、保険者が主体となって運営するモデル、ということです。そのため保険者が実施する特定健診情報も入るなど、最初からこのスマホの中にはかなりリッチな情報が入っている訳です。同時に、このPHRを本人が自己の健康管理に使うだけでなく、保険者が疾病管理に積極的に活用する、例えば特定健診で発症が認められた場合の医療機関への受診勧奨や、医療機関でのガイドライン診療支援、診療情報の整理などに保険者が使うということを想定した事業です。PHRのバックアップ事業者が、「代理機関」となって、データを匿名化し、二次利用として臨床研究などに用いることを推進するというような方向性が、この仕組みの中でつくられています。

<臨床検査とPHR>

特に臨床検査結果は、病院の臨床検査や診療所が委託する臨床検査センターで発生し、SS-MIX2などの経路を通して非常に重要なデータがこのPHRに流れていくことになります。一方、この中にはまだIoTデータは入っていません。現在のモデルでは介護データはまだ集まらないのですが、最初に介護にIoTが役立つ話が話題になったのはポットでした。ポットセンサーによってお年寄りがポットをいつも通りに使ったかどうかを、離れて住む娘さんが知るという仕組みですが、これは15年も前に出来ています。このポットは、既に1万件以上が使われているいわば先駆けです。

このようなIoTを使うと自分に関連する機器や生き物、環境も含めたさまざまな状況を離れていても知ることができるのと同時に、逆に操作をすることができるということにもなります。つまり、双方向でモノと個人との間でコミュニケーションが生まれるということになります。

ヘルスケアもIoT時代になりますが、個人を取り巻く大きな環境、それから個人の健康に関連するモノ、例えば血圧計、体重計など、これらは今も既にバラバラで存在するものですが、そういうものがネットワークで繋がるという話になります。ドアにセンサーを付けると、おじいちゃんのドアがきょうの朝、開いてないことが離れた孫にもわかる。さっきのポットみたいなものですね、そういうことが、これからの社会では進んでいくのだろうと思います。高齢者や生活習慣病患者さんが増加し、在宅医療、介護への重点化が、厚労省の方針として進んでいますけれども、この推進の中でブラックボックスになりがちな在宅の状況がわかるということでも脚光を浴びています。

<IoTデータを使ったPHR>

次に、IoTデータを使ったPHRについてお話をさせていただきます。我々は情報薬というコンセプトを以前から研究してきました。もともとは札幌医大の辰巳治之教授が提唱されましたが、「適正な情報をタイミングよく人に渡すと、その人は健康になる」というコンセプトです。従来薬と情報薬を比較すると、従来の薬というのは錠剤を内服し、血中濃度を介して効果がありますが、情報薬は適正な情報を与えられて、意識変容と日々の生活習慣を介して健康に効果があります。どちらにも力価があります。これは生活習慣の測定が可能となってきたので、例えばこの情報を1カ月間与えるとどのような生活習慣の変化をもたらし、平均的には上の血圧が5下がるとか、そういう力価がわかります。情報薬には副作用もあると考えられます。

例えばジョギングをしているときに心拍数がまだ増えてないときに、「まだ余裕がありますね、スピードアップ」とスマホ/PHRが言ったり、あるいは逆に「もう限界ですから、そろそろクールダウン」と言ったり、これはある意味、AIに近いものですけれども、そういうことによって安全性を確保しながら行動を促していく。薬の飲み忘れを防止する一方、過剰なダイエットを控えるように働くとか、こういうのが情報薬ということになります。

ちょっと古い話ですが6~7年前に情報大航海というプロジェクトを経済産業省がやっており、そのときに我々はIoTの比較対照試験をしています。ホームサーバーで血圧計と体重計、それから当時のスマホで、血糖計と行動計を繋ぎました。患者自身がデータの送信ボタンを押す仕組みだと、血圧が高かったりして気に入らないデータが出たら送信ボタンを押さないんですね。何度も測って良い値が出てから送信するということになります。データの品質というのは非常に大事なので、測ったらどんな値でもその瞬間にサーバーにデータが飛ぶ仕組みにして、本人にもそのように言って使ってもらいました。これは3カ月間の結果です。例えばこれは血糖値ですが、家庭でもずっと高いままの人たちは、かかりつけ医から糖尿病の専門医を紹介し、入院治療となりました。また、病院に行ったら血圧が高くなる人がよくいます。これを白衣高血圧と言いますが、この人の場合は病院での血圧が130~140、家にいるときは160~200とむしろ高いのです。これは教科書にもきちんと書いてある「逆白衣高血圧」と言います。家でストレスがあるためなのかどうかわかりませんが(笑)危険なのは確かです。病院で診療しているときには低いので、こういう病態を我々は気が付かないんですね。それがこういう仕組みではリアルタイムにわかる。この方はこの時点ですぐに入院になりました。それからこれは体重の推移です。3カ月間で順調ダイエット型、リバウンド型、そしてこの方はこの日に嘔吐下痢が起きて急に体重が1.5kg以上下がっている。脱水で非常に危ない状態です。特に糖尿病の人が脱水になると、ますます血液の粘調が上がって非常に危ない状態ですが、これによって脱水が、すぐわかりました。それから、しばらく血糖、血圧、体重を測らなかった場合に、「そろそろ血圧を測りなさい」というリマインダメールが自動的に飛ぶようにしました。測定回数ヒストグラムを見ると、そのメールを出すと、1日以内に測る人が増えたということがわかりました。それから、前日の運動量測定で運動量が少ないと判定されると、「今日はもっと運動しましょう」という自動励ましメールを送りました。その結果やはり運動が増えることがわかりました。このように、センサーを介した自動的なシステムがいろいろな効果をもたらします。

このようなセンサーデータだけではなくて病院やクリニックの診療データも組み合わせると次のことがわかります。経産省の事業は多くは単年度の事業なので準備期間を考えると臨床検証の実施期間が大体10月ぐらいから2月ぐらいになる。ところがこの期間は、秋で美味しいものも増えますし、忘年会、クリスマス、新年会がありますから、日本人は平均でヘモグロビンA1cが0.3くらいは上がってしまうのです。これは検証実験に参加した同じ人たちの実験の前年と翌年の同じ時期のデータですが、HbA1cはやはり有意に増えています。しかし実験の年は増えなかった、ということから、このシステムはやはり効果があったといえるのではないでしょうか。

<医療界におけるビッグデータ解析>

データというのは、複合的に集めて、形を変えて見せることによって非常に大きな付加価値が出て来ます。例えば車がすごく成功している例ですけれども、残りガソリンの重量、これもセンサーですね。それから過去の燃費の実績、これはデータです。これで今から先、給油をしないで走れる距離を自動推定したり、エアバッグが開放するセンサー、それから位置情報で自動的に救急車が要請されるというのが既に実装されています。ここにまたさらにデータを入力する、目的地を入れると今走っているスピードとGPSで目的地到着時刻の推定、その間の渋滞情報なども入れながら出るということがわかります。

このようにいろいろな全く違うセンサー、あるいはデータ入力などによって、おそらくヘルスケアにIoTと健康・医療・介護情報などと、それからほかには例えば購買情報、それからFacebookなどのSNS(social networking service)から入力された情報、あるいは行政情報などと融合して解析することが期待されます。これはまさにビッグデータになってきますけれども、これによってますます高度化、AI化することが考えられるということになります。

このように、診療データとIoTデータの両方を合わせると有用性はさらにアップしていくことがわかります。それらをさらにどうやってビッグデータ解析し、そしてエビデンスを蓄積して人工知能化していくか、医療を効率化していくか、患者さんの満足感、幸福感を向上できるか、目的はやはりこういうところにあると思います。大事なことは健康・医療・介護、IoTのデータを融合すること、さらにそのほかのデータも融合していくこと。つまり、医療介護の分野内の壁を取っ払うだけではなくて、その外の壁、つまり購買情報とか、行政情報などの別分野の壁も何とか取っ払うために、それらの情報をPHRに集めていくようなことも可能になってきます。それによって患者さんにインセンティブが見えれば、そういう方向に進んでいくと考えています。

医療情報を使った研究では匿名化された情報を扱いますが、何らかのきっかけで、その情報が誰のものかわかってしまう可能性があります。そのときには、今後国から認定される前述の「代理機関」の働きが非常に重要になってくるでしょう。その機能として、それをいかに上手に匿名化し、高度なセキュリティを提供できるということが重要になってくると思います。

<臨床検査に期待すること>

以上をまとめますと、PHRがこれから様々な個人のデータ、特に健康に対するデータが集まってくる場として期待されていますが、その中で、臨床検査結果は特に客観的なデータです。IoTデータというのは揺れ幅の大きなデータですが、それに比べて臨床検査値は安定した骨格的なデータとして重要なデータです。これからは臨床検査値を中心にビッグデータ解析を進め、さらに医療の質を向上する、新しい医学知識を蓄積する、ということが期待されています。以上です。ありがとうございました。

山舘 ありがとうございました。非常に幅広い分野で、例えば普通に健康に生活している人のそれぞれのデータでも、これらを複合的に使うことによって非常に有効なデータになるというお話、またそういうデータを使うときは匿名化したものから、逆に個人が特定されるような危険性もなきにしもあらずということもお伺いしました。また、その中で臨床検査のデータは非常に有効性が高いということも改めて認識したのですが、その中では、検査データがどこでも使える標準化されたデータになっていなければいけない。その一環として我々は今、共有基準範囲をだんだん使うようになってきていますので、かなりその辺にも近づいているのではないのかなと思います。

個々のデータではそれほど重要ではなく、血圧などだけでは健康な人がモニターしてもそれほど重要ではないけれど、やはりいろいろなデータをそろえると非常に重要だというのは、だんだん浸透してくると、そういう複合データを収集するような装置も出てくると思いますが、今、日常生活している中で一番注目されているような個人の情報などは、主にどういうものがあるのでしょうか。血圧のほかに。

中島 一般的にはヘルスケアの情報としては、やはり血圧、体重、それから行動計あるいは万歩計が重要ですね。それから糖尿病の世界では血糖測定。あとは、喘息、COPDなどではSpO2(血中酸素濃度)計ですね、これらも非常にいいセンサーがあります。

ただ、これらは健康用のセンサーで、現在は、手で記載していたものが今は電子化されているだけですが、IoTというと本当はもう少し広くあるべきで、例えば全く今までにはなかったもの、あるいは存在はしていたがそもそも健康に役立つとは思われなかったようなものが、データをしゃべりだして、それが健康に役立つというところまでどんどん広がっていくだろうと思います。

 長い時間、ありがとうございました。きょうのお話で、皆さんの好き嫌いとは関わりなく、もう1億人のデータベースは着々と積み立てられていて、法整備も含めてどんどん進んでいっていますが、その医療情報のデータベースの中核は間違いなく臨床検査なんですね。

ですから、医療ビッグデータの時代において、ここに参加されている多くの方々が関わる臨床検査の重要性は、ますます高まっているなということを私は実感しておりまして、また皆さんとそれを共有したいなと思っています。

最後に、本日、講演してくださった、先生方に盛大な拍手をお願いしたいと思います。
ありがとうございました。これで本シンポジウムを終了したいと思います。

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