日本臨床検査自動化学会/JACLaS共催市民公開シンポジウム2016

ビッグデータとAI の利活用による臨床検査の未来

浅野薫先生
浅野 薫先生

(現、シスメックス株式会社取締役常務執行役員[研究開発担当])
1983年に大阪大学大学院を卒業。シスメックスの前進・東亞医用電子株式会社に入社後、中央研究所所長、2009年には執行役員等を経て現在の常務執行役員となる。
多くの受賞歴があり、シスメックスの中において研究を主導してきた指導的立場にある。

 それでは時間となりましたので、「日本臨床検査自動化学会/JACLaS共催市民公開シンポジウム」を始めさせていただきます。学会のすべてのプログラムが終了して、なおここに残っていただいた皆さんに感謝申し上げたいと思います。

現在、人工知能の発展と医療情報データが膨大に蓄積して、それを組み合わせてどのように日本の医療、あるいは健康行政を進展させていくかということは非常に重要で、しかも現実的な問題になってきています。そこで、「ビッグデータとAIの利活用による臨床検査の未来」ということで、シスメックスの浅野薫先生にご講演をお願いします。

浅野 「ビックデータとAIの利活用による臨床検査の未来」という大それた題名を付けてしまって恐縮ですが、ビッグデータやAIという新しい技術をどう活用していきたいかについて、少し述べさせていただきます。

<個別化医療への取り組みとリキッドバイオプシー>

私どもが現在、研究開発でフォーカスしている領域は、個別化医療です。現在の医療では疾患が特定されると標準的な治療が行われます。しかしながら、疾患および患者は多様で、治療が効く方もいれば効かない方もおり、副作用が出る方も出ない方もおられます。よって、その患者に効果があり、かつ副作用がない治療法を見つける検査は重要で、これが実現できれば、最終的には医療費の削減と患者のQOL向上を目指せると思っています。

個別化医療に対する技術開発として、最近はリキッドバイオプシーに関わる新しい検査を開発しています。従来、患部の組織を直接バイオプシーで採って、それを分析することによって治療法の選択が行われていますが、それを“リキッド”すなわち“血液”でできないかという技術開発にチャレンジしています。血液中には患部から漏れ出た疾患由来の異常な細胞、遺伝子、タンパクがありますので、これらを高感度に検出する新しい技術を開発することによって、この個別化医療を実現していくことをストラテジーとしております。

その一例が、2年ほど前に発売した糖鎖マーカーを用いた肝線維化モニタリングという検査です。これは、HCV感染から急性肝炎、慢性肝炎、肝硬変に至るプロセスにおいて、血液中に特異なタンパク、糖鎖修飾されたタンパクが出てくるので、それを検出することによって肝臓の線維化の進展、肝硬変の進展を血液で簡便に測定します。従来は超音波の画像診断やバイオプシーでしか検査できなかった肝硬変の状態が、この検査によってモニターできるようになりました。まさにこれがリキットバイオプシーの典型ですが、このような検査技術の開発を現在いろいろと進めています。

<臨床検査におけるIoTの実用化>

(図1)

ここから本題のAI、ビッグデータ、IoTというところに入りたいと思います。まず、ご存知かと思いますが、IoTというのはInternet of Things、モノが全部、それが車であれ、家電であれ、体重計であれ、すべてのものがインターネットに接続されます。そして、それらから出される情報がデータベース化(ビッグデータ化)されて解析され、いろいろなサービス、付加価値がフィードバックされるというのがIoTシステムになります。その中で、高度な解析が必要な場合はAI(人工知能)が使われます。

面白い例をご紹介します。 ペンシルバニア大学では、遺伝子からビッグデータを使って人の顔を予測する方法を研究しています。DNA generated faceと書いてありますけれども、下が遺伝子情報からコンピューターがつくった絵、上が実物の人です(図1)。

結構似ていて、すごいなと思いました。容姿はやはり遺伝子で決まるのかと改めて思いましたけれども、このようなところまで実際できるようになってきているということです。しかしながら、これも最近の話ですが、ある人工知能が、ヒトラーが正しかったという、ヒトラーを礼讃するような意見を言い始めたというニュースがありました。やはり人間も人工知能も、正しい知識を与えて正しく学ばせないと、とんでもないことが起こるということです。人工知能も使い方次第で、使うほうがよく理解して使わないと、それは魔法の箱ではないので、人工知能に入れたら何でも答えが出るというのは明らかに間違いだということだと思います。

(図2)

さて、IoTですけれども、私どもはシスメックス・ネットワーク・コミュニケーション・システム(SNCS)というものを持っています(図2)。分析装置と私どものコールセンターとをネットワークで接続して、IT経由でさまざまなサービスを1999年からご提供しています。このシステムでは、装置のセンサー情報がネットワークを通して、私どもの神戸にあるコールセンターのデータベースに蓄積されます。ここからそのデータを分析して、お使いになっているお客様の装置に、もし異常があれば異常をお知らせする(“異常検知”)ことが可能です。

また、プロアクティブサービスと言っておりますが、例えばある圧力センサーの圧力がだんだん高まってきて、もう少ししたら詰まりそうだという状態になると、それを検出して(“故障予知”)詰まる前に予防的に保守をする(お知らせしたり、あるいはサービスエンジニアを行かせたりする)というサービスをご提供しています。このSNCSは、当時はIoTとは言わなかったですが、今で言えば、まさにIoTシステムでありまして、このシステムによってお客様に対していろいろなサービスがご提供できるということで、ご好評をいただいていると思っています。

さて、このシステムで、これがもし分析装置ではなくて人の検査データであるとしたら、同様のネットワークを通じて、検査データがデータベース化されます。ではこの場合の“異常検知”とは何かというと、まさに早期発見で、病気を早期に発見して早期治療に向かう、“故障予知”はというと、発症予測することであり、いわゆる先制医療につながるということになります。すなわち、このIoTシステムはヘルスケアシステムそのものにもなり得るということです。

もちろん、この情報システムをシスメックスがつくるという話ではなくて、国等のインフラ等を使って構築されることになりますが、ポイントはこのデータベースを使って早期発見や発症予測を行い、早期治療や先制医療につなげられる可能性があるということです。

<先制医療と臨床検査>

(図3)

もう少し早期発見あるいは先制医療についてご説明したいと思います(図3)。図で、横軸が年齢、縦軸が病気の進行度合いと取ると、当然、各個人によって遺伝的な素因はありますので、病気になりやすい方、病気になりにくい方があります。そこにだんだん環境因子が加わって発症というところに至る訳です。遺伝素因と環境素因があって、ある閾値を超えたら発症ということになる。この発症の初期段階を発見して早期に治療するというのがひとつ、それから、この病気になる前、発症の前段階を何らかの形でとらえて、早期介入して先制医療に持って行くということ、これらが今後、高齢化社会において医療費を削減しつつ全体として高齢化社会を維持する方法だと思います。

アルツハイマーの例でお話します。先日のG7保健大臣会合でも認知症対策が世界的な課題として取り上げられましたが、アルツハイマー病も、勿論、早期発見して早期治療が求められています。これに対して、アルツハイマーの前段階としての軽度認知障害、さらには発症前の前アルツハイマー状態を定義して早期に積極的な介入していこうという動きがあります。

これを検査の観点でみると、おそらくアルツハイマー発症の10年以上前から異常なタンパクの蓄積が始まって、ある段階で発症状態に至る訳です。
先ほどリキッドバイオプシーと申しましたけれども、何らかのバイオマーカーを血液で測ることによって、これを早期に見つける、あるいは発症前の段階を的確に捉えるということになります。

<ビッグデータを使ったバイオマーカー値の個別化>

ここで、またリキッドバイオプシーに戻りますが、現在、我々はアルツハイマーの原因物質と考えられているアミロイドβ、あるいはタウタンパクを血液で測るようなことに取り組んでおります。現在、これらは画像検査や髄液検査でないとわかりません。血中と髄液中のβアミロイドの濃度比は約1:50と言われています。ということで、従来よりも50倍の感度があれば何とか測れるのではないかということで、当社の免疫検査装置であるHISCLをさらに50倍以上高感度にした技術を開発しました。これはまだ基本性能評価の段階ですが、今後、実際の患者、健常者のデータを取っていきたいと思います。

では、バイオマーカーさえ測れたら話が済むかといえば、そうではなく、バイオマーカー値がどの値(閾値)を超えれば“発症する”あるいは“前発症段階に至る”かが重要です。これには、個人差があるはずです。そこで、AIとビッグデータへの期待ということになります。

従来の検査の基準値は、健常者の多くのデータを取ってビッグデータ化し、その95%の方が含まれる範囲を基準値としています。この基準値は、標準的な医療には必須の値ですが、個別化医療あるいは予防・先制医療という観点からは、それだけでは十分ではありません。つまり、個人毎の基準値(正常な状態である範囲)は、通常の基準値の幅より、より狭い幅であることが予測されます。なぜならば、通常の基準値は、個人の基準値の集合体であるはずですので。個人の時系列データをとって、基準値の個別化を行うことにより、従来よりも鋭敏に早期発見できることが期待できます。個人の時系列データをとるためには、血液で検査できるリキッドバイオプシー検査は、重要なツールとなります。

また、このような個人の時系列データを集めてビッグデータ化し、その変化傾向からAI等の新しい解析手法を使って、ある時点で、“これから疾病の方向に向かう”のか“正常状態に復帰する”のかあるいは“当面、そのまま維持される”のかを予測できるようになるのではないかと思います。これは、まさに先制医療につながります。

個人のリキッドバイオプシーの時系列データに加え、個人のライフログ*等の情報、さらに個人の遺伝子データをパーソナル・ヘルス・レコーディングとしてデータベース化すれば、対象は健康管理・予防にまで広がってゆきでしょう。従来はこのようなパーソナル・ヘルス・レコーディングは存在しなかったのですが、日本は、診療データだけでなく健診のデータなども揃っているので、うまくデータ連携できれば、そのデータが強みになるのではないかと思っています。

最後になりますが、Diagnosisという言葉は、“dia(識別する)+nosis(知る)”、つまり“種々の状況を知って識別する”ということだと思います。
そして、今後の検査は、Prognosis つまり “Pro(事前に)+nosis(知る)”という,予測診断がより重要になってくるのではないでしょうか。

以上、どうもご清聴ありがとうございました。

ライフログ*: 人間の生活や活動を長期間にわたり記録したもの。ヘルスケアの場合は運動の履歴や食生活、などの生活習慣の記録が特に重要となる。
 ありがとうございました。個人の経時的なデータを集めて解析するのが重要だというお話で、おそらくそのためには侵襲性の低い検査によって重要なデータが得られないといけないということで、最初にリキッドバイオプシーというお話があったんだろうと思っています。
このように個人のデータを経時的に、1億人ぐらい集めようという時代になっているということだろうと思います。
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